日記

  • [ コノママツアー終わる。 ]

    コノママツアー終わる。

    KONOMAMA TOURが終わった。
    1月にアルバム『コノママ』をリリースし、2月にスタートした超ロングツアー。
    週末だけなので本数としては約30本なのだが、この10ヶ月間で飛び回った全国各地での思い出は深く心に残っている。
    初めての土地、4年ぶりに行った土地も多かったので常に新鮮な気持ちでステージに上がれたこのツアー。
    素晴らしい出会いと、そこから繋がっていく事ができた土地。
    そして再会を約束し、新たなる目標に向かって別れた友人達。
    これからも続く我々の活動に大きな意味のある日々だった。
    ほとんど毎週の様に地方へ飛び回り、全力でライブをし、酒を浴びる程呑み、色んな話をした事で得たものもたくさんあった。

    とにかくライブをしまくって呑みまくった、とても幸せな10ヶ月だった。
    日常的になっていたツアーと生活のリズムからしばらく抜けれそうにないが、終わってしまうとやはり少し寂しい気分である。
    いや、これからも全国を飛び回り今まで以上に勢力的に動いていくのだが、この『KONOMAMATOUR』は何やら特別にこだわり、思い入れがあったのだろうか、今までにない寂しさが湧いてくる。
    こんな思いもきっと明日からのバミューダ★バガボンドのHARRY画伯として大事にしていかなければならない事なのだろう。

    この長いツアーに協力してくれた全ての皆様へ、大感謝。

    今夜は溢れる感謝の気持ちと、少しノスタルジックな感情を酒で溶かして寝るとしよう。
    同志諸君、乾杯。

    名前:
    HARRY画伯
    日時:
    2008/12/01
    記事番号:
    36
  • [ HARRY画伯、沖縄の思い出に浸るの巻 ]

    HARRY画伯、沖縄の思い出に浸るの巻 HARRY画伯、沖縄の思い出に浸るの巻

    9月25日16:20、我々バ★バ珍道中ツアー関西本隊は那覇空港に降り立った。
    小雨が降り、少し肌寒くなり始めた大阪から来た我々はその暑さに、まず南国・沖縄を感じた。
    後発隊、関東支隊を含め最終的には総勢29名となる為、6台のレンタカーを借り、19:30頃にホテルにチェックイン。
    1日目は20:00より大宴会。
    沖縄在住の友達、サットンが手配してくれた「海のちんぼらぁ」というお店。
    ずらりと並んだ沖縄料理とオリオンビール、そして泡盛を頂きながら初日の旅の疲れを癒し、これから始まる旅に心を弾ませる。
    もちろん閉店まで宴会は続き、お世話になったお店の方にお礼を言ってようやくホテルへ帰ってきた。
    各々の部屋に戻り、明日に備えて寝る者、誰かの部屋に集まってまだまだ呑む者と様々な過ごし方で初日は静かに終わった。

    2日目、朝9時に全員ロビーに集合。
    いざ、美ら海水族館へ。
    那覇市の都会から北上する約2時間の道中で変わりゆく景色、高い空に浮かぶ厚い雲にさらに沖縄に来ている事を実感する。
    高速道路は山手側をするりと走り、生い茂る緑と、そこにぽつぽつと浮かぶ様に咲くハイビスカスを
    見せてくれた。
    水族館近くから地道を走ると今度は海側へと向かい、そこにはまさにエメラルドグリーンに輝く海が広がっていた。
    思わず車を停め、汚れなきビーチへ降りていった。
    見た事もない白く小さいカニが走り、珊瑚の欠片が波打ち際で転がりながら、我々を優しく迎えてくれた様な気がした。
    数分後、そんな美しい景色に溺れた俺は最高の気分で皆が待つ水族館へと再びハンドルを握った。
    11:00、全員で水族館へ入館。
    大水槽の前であんぐりと海の世界に圧倒され、イルカ・クジラショーを満喫した。
    14:00までの自由行動を経ていよいよ海へ。
    海洋博公園内にある、その名もエメラルドビーチ。
    完全に観光客用のビーチで、周りにはサメ侵入防止の網が張られ、もの凄く狭い範囲しでか泳ぐ事ができなかったが、ゴーグルを装着して色とりどりの魚と戯れながら1時間程楽しんだ。
    16:00、各車に乗り込み、水族館駐車場で一旦解散した我々は、お土産を買いにいったり、下道で帰ったりと様々なルートを楽しんで夜の宴会までしばし自由行動となった。
    そして19:50、沖縄の日射しに火照る体で再びホテルロビーに集合。
    2日目の夜もサットンの案内により、「酔ーちゃー家・あかがーら」へ。
    またまた盛りだくさんの沖縄料理とオリオンビールを泡盛に舌鼓を打っていたら、なんとお店の大将が沖縄民謡の生演奏をしてくれるというのだ。
    始まりから終わりまで、なんと心地良く、景気の良い時間だった事か。
    最後にはそこにいる全員が総立ちで歌い、踊り、笑っていた。
    我々のライブなど及びもしない、心をぎゅっと掴む素晴らしい演奏だった。

    3日目。
    いよいよこの旅のメインイベントとなるライブの日。
    我々メンバーは午後からリハーサルがあるので、この日は全員ライブまで自由行動となった。
    俺はリハーサルの前に前日食べ損ねた沖縄そばを食べにいく企画を起こし、食べたい人は11:00にロビー集合と皆に伝えてあったのだ。
    企画者の俺は早起きして友達やインターネットでホテル近くの美味しい店を探しまわったのだが、結局ホテルの人に聞いたお店に行く事になった。
    唯一の自由行動の日にも関わらず10名も集まってくれたので、俺はお店の場所まで確実にナビゲーションし、先回りして席を10人分確保し、と大奮闘。
    つい、張り切っちゃった。てへ。
    情報通り、美味しかった沖縄そばやソーキそばで大満足し、一同ホテルへ。
    お客さんは自由行動、我々はすぐに機材を運んでリハーサルへと向かう。

    初めての箱はいつも興奮する。
    ここにお客さんが入り、爆音と共に皆が一体になる事を想像するのだ。
    そして恐らく7年ぶりだろうか。
    地獄車との再会を果たす。
    もう、その時点で最高の気分だ。
    彼らが、そしてその日共演してくれたバンドの皆さん達がステージで怒濤のライブを見せつけてくれたおかげで、俺たちも最高のライブができた。
    そして最高の打ち上げ。
    色んな思い出がよみがえり、新しい出会いがあり、色んな約束を交わした。
    沖縄最後の夜は、何か夢でも見ている様な時間だった。
    ありがとう、みんな。

    そして4日目、最後の日。
    朝まで呑んでいたメンバーも多数いる中、レンタカーを返す段取りと空港まで皆を運ぶ段取りで少々パニックになりながらも、無事全員那覇空港へ到着。
    全員で記念写真を撮り、別れを惜しみながらも時間が進む。
    ここからは関西・関東に分かれて飛行機に乗る。
    しばし、涙ながらの別れの時間。
    また絶対にこの企画を起こす約束をし、ようやく皆が帰路についた。

    この最高の旅に協力してくれた皆さん、ありがとう。
    そしてどうしても来れなかった皆さん、今回は残念でしたがまた企画します。

    沖縄の空は、俺たちの夢の様にずっと高かった。
    俺たちはこれからも上を向いて頑張ります。

    名前:
    HARRY画伯
    日時:
    2008/09/29
    記事番号:
    35
  • [ 親指に聞いてもわからない ]

    昔からなのだが、足の親指が気になって眠れない夜がある。
    全身の神経が左足の親指に集中し、言葉で表すにはあまりにも難しい感触にモジモジと体をくねらせる。
    理由や原因はさっぱり解らないのだが、それはいつも突然にやってくる。
    歩いている時や食事中にもなる事があるが、ほとんどが寝しなである。

    そして、そのむず痒いのでもなく、しびれているのでもないが、それらに似た全然違うこの感触が昨夜俺を襲ってきたのだ。
    早起きしてKONOMAMA TOUR 2008 in 富山へ向かわなければならないので、いつもより早く就寝準備を終えた俺は気持ちよく床につく。
    最初はテレビで「めぞん一刻」を見ながらご機嫌で眠くなるのを待っていたのだが、時間で言えば23:00頃に奴は突然やってきた。
    こうなったら気になって気になって眠れない。
    どんな姿勢をとっても、その親指を痛めつけても追い返せないのだから、一度きたら本当に厄介なのだ。
    24:00ぐらいにやっとうとうとと眠れたと思ったら02:00に目が覚め、03:00頃に再び眠れたかなと思ったら5時に目が覚めた。
    結局昨夜は4時間程しか眠れないまま出発時間を迎えてしまったのだ。
    ボーカルは体が楽器である。
    そして喉の調子に寝不足はひびく。
    まあ、禁酒禁煙で体調はしっかり整えていたので全然問題ないのだが、これから始まる富山への旅の道中で眠たくなってしまうかも知れない、という不安がよぎる。

    それでは、そろそろ時間なので、イザ、富山へ行って参ります。
    ハイチャラバーイ。

    名前:
    HARRY画伯
    日時:
    2008/07/27
    記事番号:
    34
  • [ 少し酒を休んで釣りに行こう。 ]

    少し酒を休んで釣りに行こう。

    もう3月も終盤である。
    いよいよ本格的な春を迎える訳だが、この春の直前というのは三寒四温で調子が狂う時期でもある。
    そろそろ釣りに行きたくてウズウズしているのに「さて行こうかしら」と思った次の日はたいがい雨が降る。
    仕方がない、これが自然との遊びだ。
    4月頭には少し時間ができるので、どこかでのんびり竿を降りに行ってこようと目論んでいる。
    イカ釣りに行くか、それともバス釣りに行くかはまだ決めていない。
    少し考えなけれならない事が増えたのでのんびりとした釣りを楽しむには、慣れ親しんだバスだろう。

    朝焼けの涼しい風に小鳥のさえずりが乗って、足下ではそれまで沈黙を守っていた水面を破り、天を目指すかの様に跳ね上がる魚の姿に激しく鼓動が高まる。
    新鮮な水が流れ込む小川との合流点で、落ちて来たばかりの食事を待つ空腹のバス。
    その鋭い視線の先に丁寧にキャストする。
    着水と共にライズするビッグバス。
    興奮のあまり激しすぎるフッキングを2度合わせ。
    右に左に走り回るラインに合わせて忙しくランディング。
    徐々に引き寄せてはまた走られ、走らせて疲れさせては巻いて寄せる事の繰り返し。
    手元にきても激しく抵抗するそいつは、俺たちにその獰猛さを見せつける。
    ザリっとした細かく鋭い歯が並ぶ下あごをガッチリ掴み、雄叫びを上げながら魚をピックアップする。

    同行した仲間と嬉々として撮影会を一頻り終えた後のキャスティングには心なしか余裕が生まれ、考え事を冷静にじっくりできるのだ。

    朝一番の理想の釣りは上記の通りだが、この時期、こんな事が本当に起こるのだ。
    毎回ではないが、一年を通して産卵前後のこの時期に遭遇する確率が非常に高い。

    まだ肌寒い朝夕にもめげず、毎年夢を求めて足しげく通うフィールドが、今年もまた俺を呼んでいる。

    よし、少し酒を休んで釣りに行こう。

    名前:
    HARRY画伯
    日時:
    2008/03/24
    記事番号:
    33
  • [ 雪解けの川面に浮かぶ枯れ葉咲く ]

    雪解けの川面に浮かぶ枯れ葉咲く

    数年ぶりに雪が降った。
    大阪にしては結構な積雪量だった。
    俺は必要以上に舞い上がって雪だるまを作った。
    隣の駐車場に並ぶ車に積もった雪をかき集め、勢いに任せて素手で素早く作り上げた雪だるまは50センチ程の小さなものだった。
    家の門の前の通行の邪魔にならない所にそっと置いて、俺は慌てて部屋に戻った。
    さすがに冷たすぎて掌が痛い程に冷えきってしまっていたのだ。
    台所の水道の蛇口を捻り、水からお湯に変わるまでの数秒をちゃんと待ってから俺は勢いよく手を突っ込んだ。
    ところが蛇口から滝の様に流れ出るその液体はまるで立山の雪解け水の様な、今にも凍ってしまいそうなぐらいの超冷水だったのだ。
    びっくりした俺は「ギャヒーン」と悲鳴を上げ、一頻りもんどりうった後に給湯器を確認した。
    見ればやはり電源がOFFになっているではないか。
    これは俺に恨みをもつ何者かの陰湿な嫌がらせか!
    それとも民家に忍び込んで無差別に人の手をシモヤケにして喜んでいる新手の愉快犯か!!
    とにかく俺以外の誰かの仕業に違いないと決めつけて腹が立ってきたのだが、そんな事よりも俺の手がいよいよ限界に近づいてきていたので一旦冷静になり、まず給湯器の電源をONにして蛇口を捻り、流れ出る水から湯気が立つのを確認して今度はゆっくりと手を突っ込んだ。

    ようやく手も温まり、すっかり落ち着いた俺は思い出した。
    そういえば朝風呂に浸かりながら「お湯はり温度調整」をするために風呂場の給湯器を点けたり消したりしたいた事を。
    そう犯人は俺だったのだ。
    危うくもうちょっとで冤罪をうんでしまうところだった。

    雪で高揚した気分もその冷たさですっかり飽きてしまい、気を取り直して描きかけていた絵を仕上げていく事にした。

    深々と降り積もる雪景色を映す窓の外からは、通りすがる近所の人達が俺の雪だるまを見て喜んでくれている声が聞こえてくる。

    すっかり暗くなった夕方、用事で出かける時には半分ぐらいになったそれは、それでも一生懸命立っているかの様に見えた。

    一日だけの俺の雪の日は、こうやって静かに終わったのであった。

    名前:
    HARRY画伯
    日時:
    2008/02/11
    記事番号:
    31
  • [ 雨あがる ]

    雪の降らない大阪は冷たい雨に打たれる23日、とうとう待望のアルバムがリリースされた。

    「子の儘」という言葉には覚悟と太々しさと稚拙さが入り混じっている。
    我々は個として意識しながら社会のあらゆる矛盾にも対応しながら集団にとけ込んで生活をしなければならない。
    そして古に習い、戸を開き、虚に迷いながら弧を描く。
    子の儘、此の儘、個の儘で生きるのは難しい。
    でもその意識をなくしてしまった時に、人は覚めきった完全な歯車になってしまう。
    たまには故障もし、へそも曲げる血の通った小さな歯車を繋いで社会が動かせるなら、俺は喜んで歯車として生きよう。
    そこには個の値打ちがしっかり在る様に思うからだ。

    俺は社会に無理矢理反抗しているのがロックだとは思わないし、そもそも俺自身がロックだとは思っていない。
    そんな事は周りの人達が俺を見分ける為に判断することだ。
    俺は他の何者でもなく俺でありたいだけで、誰かが決めたカテゴリーに属してお友達と声を揃えて頭ごなしに未知の物を否定したりはしない。
    俺はコノママ俺である為にこれからも人と交わっていく。

    皆さんがそんな俺の存在を、バミューダ★バガボンドを、そして『コノママ』をどう感じてくれるかがとても楽しみだ。

    これから全国にこの歌を届けに行くのだが、そこに在る皆様に何かを感じ取ってもらえる様に誠意一杯頑張りたいと思う。
    それは応援の言葉でも否定的な意見でも何でも良い。
    俺を、俺たちを見て自分を見つめて欲しい。

    皆さん、そんな俺の我が儘も聴きながら『コノママ』を聴いてください。

    名前:
    HARRY画伯
    日時:
    2008/01/26
    記事番号:
    30
  • [ 3rd.Album『コノママ』遂に完成!!! ]

    3rd.Album『コノママ』遂に完成!!! 3rd.Album『コノママ』遂に完成!!!

    人はあらゆる物、人に対してある程度の距離を感じて生きている。
    その距離に安心したり不安になったりしながら何通りかの逃げ道を作って生きている。
    だから潰れないでいられるのだろうと思う。

    我々は3枚目のアルバム制作に入って1年になろうとしている。
    過去の日記を見てもらえば一目瞭然だが、レコーディングを始めたのが12月。
    それまでにプリプロと呼ばれる、いわゆる本番の為のイメージデモ音源制作をしている訳で、そこから数えるともう1年になる。
    この期間に今までモヤモヤとしていたあらゆる距離を縮め、結果過去の作品をぶち抜いた最高の作品ができあがった。

    そう出来上がったのだ。

    人との差や距離を感じ、それを一番良い形で繋ぐ事ができたのだ。

    皆様本当にお待たせ致しました。
    今まで表現しきれてなかった色んな思い・言葉・音が、この1年という時間と熱きスタッフの強力な協力によってやっと具現化できたのだ。
    一度で息継ぎがしたくなるぐらい激しい愛の洪水だ。
    このソリッドでダイナミックで暖かい新譜はいよいよ数カ月後にリリースとなる。

    制作におけるドラマティックな時間を、今までよりタイトでアグレッシヴな音作りの為に存分に使わせてもらった事をスタッフ一同、そして何より待ってくれている皆様に大感謝。

    皆、聞いて驚け。

    名前:
    バミューダ★バガボンド/HARRY画伯
    日時:
    2007/9/29
    記事番号:
    24